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ハッカソン発ムーブメントが変える社会

2020年に世界中から多くの人々が東京を訪れることが予想されるなか、
国土交通省は屋内外の電子地図や、屋内測位環境などの空間情報インフラを利用した
新たなサービスの創出を目指しています。
その一環として横浜の日産スタジアムでアイディアソン・ハッカソンが行われました。

アイディアソン・ハッカソンをきっかけに
大きなムーブメントが起こるかもしれない。

当事者が知る課題がアイディアを生む

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日産スタジアムが舞台

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、国土交通省が取り組んでいる「高精度測位社会プロジェクト」。その一環として行われたのが「スポーツイベント×位置情報サービス」をテーマにしたアイディアソン・ハッカソン「日産スタジアムアイデアソン・ハッカソン」です。

舞台となったのは横浜市に建つ「日産スタジアム」。7万人もの収容人数を誇る国内屈指のスタジアムで、「2002FIFAワールドカップ™」の決勝戦が行われたことでも知られています。また、2019年のラグビーワールドカップや、2020年に開催されるオリンピック・パラリンピックの会場のひとつです。

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今回のアイディアソン・ハッカソンは、GPSや準天頂衛星、日産スタジアム内に設置されているBLE Beaconを活用した「屋内外シームレス測位サービス」のアイディア創出を、主な目的としています。日産スタジアムを訪れる人々が、イベントだけでなく、スタジアム内の施設や、スタジアムを取り囲む新横浜公園、空港や駅からの道のりをも含めて、魅力的な体験ができるようなサービス開発を目指して、2週間かけて行われました。

スタジアム内には、130個のBLE Beaconが設置されている

スタジアム内には、130個のBLE Beaconが設置されている

様々なバックグラウンドを持った人が参加

参加者は、位置情報・空間情報ビジネスに携わる人や興味を持つ人、横浜市や日産スタジアムの関係者、日産スタジアムをホームのひとつとする「横浜F・マリノス」のサポーター、エンジニアやプログラマー、大学生など、多種多様なバックグラウンドを持った人々。サービスが実用化された際には、それを「提供する側」「運用する側」「使用する側」と異なる立場を取る人々が、同じ目的に向かって議論や共同作業をしていくという構図です。

「位置情報を活用したサービス開発」というゴールが設定されている以上、測位技術に知見の深い研究者や、実際に開発ができるエンジニアやプログラマーを集めた方が、より実用化しやすいアイディアが生まれるように思いますが、スキルや知識の有無を問わず多種多様な人々を集めたのには明確な意図があるといいます。

慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 神武直彦(こうたけ・なおひこ)准教授

慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 神武直彦(こうたけ・なおひこ)准教授

「もちろん、実際にサービスを作る段階では知識やスキルを持った人の存在が必要不可欠ですが、アイディアを創出する際にもっとも重要なのは、課題を持った人がいるかどうかです。『どうしてもこの課題を解決したい』という熱量がなければ、途中で目的を見失ったり、障壁を乗り越えることができなかったりして、サービスを具現化することは難しいでしょう。今回のアイディアソン・ハッカソンにあたっては、普段から日産スタジアムや新横浜公園を利用している横浜F・マリノスのサポーターや、地元住人の方など、魅力や課題を熟知して、それらを良くしていきたいと思い、すでに取り組んでいらっしゃる方と一緒に取り組むことが大事だと考えました」

企画立案とファシリテーションを行った慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦准教授は、こう語ります。

本当に価値のあるサービスの創出には、ユーザーの課題を的確に把握することが必要です。そのため今回のチーム編成は、参加者を機械的に割り振るのではなく、サービスを「提供する側」「運用する側」「使用する側」の3つの立場の人が混在するように意識されました。

最大の意義はムーブメントの創出

「高精度測位社会プロジェクト」の一環として行われるアイディアソン・ハッカソンは、今回が2回目の試み。前回は2015年12月〜2016年1月にかけて、東京駅周辺を舞台に「屋内外シームレス測位サービス」の企画・開発を行いました。一連のアイディアソン・ハッカソンのイベント開催を国土交通省から受託しているNTTデータの近藤亘は次のように語りました。

NTTデータ 第一公共事業本部 e-コミュニティ事業部 第三ビジネス統括部 第三営業担当 課長 近藤亘(こんどう・わたる)

NTTデータ 第一公共事業本部 e-コミュニティ事業部 第三ビジネス統括部 第三営業担当 課長 近藤亘(こんどう・わたる)

「アイディアソン・ハッカソンを行う最大の意義は、コミュニティやムーブメントを創出することにあると思います。高精度測位社会は一朝一夕で実現するようなものではありません。Beaconを設置するだけでも、政府や自治体はもちろん、民間企業をはじめ多くの人々の協力が必要です。本当に価値のあるサービスが実用化されるには、ハードや制度を整備するだけでなく、社会を変える機運を高めていくことが必要なのではないでしょうか」

アイディアソン・ハッカソンで、実用化できるサービスを生み出すことはけっして容易なことではありません。しかし、神武さんが語ったように、こういった活動を続けていくことで、同じ課題に向き合う人たちのコミュニティが次々とできていき、最終的には政府や自治体を巻き込んだ社会的革新につながる可能性を秘めています。

「アイディアソン・ハッカソンを通して新しい事業が生まれることはもちろんですが、同じような問題意識を持つ人同士がつながっていくことが何より大きな成果だと思います。人のつながりがムーブメントを起こし、よりダイナミックなイノベーションへとつながっていくのです」

※1 高精度測位社会プロジェクト

今後の屋内外における測位環境の高精度化を見据え、測位技術を用いたサービスによって様々な社会的課題を解決しようという取り組み。
http://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/kokudoseisaku_tk1_000091.html

※2 「日産スタジアムアイデアソン・ハッカソン」

同アイディアソン・ハッカソンの模様は、「みちびき(準天頂衛星システム)」のウェブサイトでも紹介。
国交省が位置情報の活用サービスを考えるアイデアソン開催 [結果レポート]
http://qzss.go.jp/news/archive/mlit_ideathon_161118.html
国交省が位置情報の活用サービスを考えるハッカソン開催 [結果レポート]
http://qzss.go.jp/news/archive/mlit_hackathon_161201.html

※3 準天頂衛星

特定の地域の上空に軌道をとる人工衛星。複数の衛星を活用し、常に天頂付近に衛星が存在するようにしている。

※4 BLE Beacon

Bluetoothを利用して位置情報を把握する機能またはその機能を搭載したハードウェアのこと。

測位技術が生み出す新たなサービス

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アイディアの源となるリアルな体験

アイディアソンは、課題発見のためのインスピレーショントークからスタート。まず、日産スタジアムがある新横浜公園管理事務所の石川泰利さんが公園の設備や近隣の鶴見川遊水地について紹介。次に、同じく新横浜公園管理事務所の渡辺憲二さんが日産スタジアムでサッカーの試合やコンサートなどの大規模イベントを行う際、どのような運営をしているかを説明しました。7万人以上の集客力をほこる日産スタジアムでは、いかに安全に大勢の人を移動させるかという点に尽力しているといいます。

(左)新横浜公園(日産スタジアム)管理事務所 技術監理部 技術監理課長 石川泰利(いしかわ・やすとし)さん (右)同事務所 事業部 事業課長 渡辺憲二さん

(左)新横浜公園(日産スタジアム)管理事務所 技術監理部 技術監理課長 石川泰利(いしかわ・やすとし)さん (右)同事務所 事業部 事業課長 渡辺憲二さん

さらに、ファシリテーターを務めた慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の准教授・神武直彦さんが招いた、英国人で横浜FマリノスサポーターであるStuart Woodward氏が、2020年に向けて増加する外国人ユーザーを代表して、日本のスタジアムやサッカーイベントにおいて不便だと感じる点について語りました。

“あったら良いな”と思うサービスを、Stuart Woodwardさんがサポーターの視点から参加者に話す

“あったら良いな”と思うサービスを、Stuart Woodwardさんがサポーターの視点から参加者に話す

実際に自分の足で現場を歩き、体感する

また、実際にスタジアム内をめぐるフィールドワークも実施しました。VIP席や選手ロッカー、記者会見室などふだんはなかなか見ることができないスタジアムの内部を見て回りました。ファシリテーターを務めた慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の准教授・神武直彦さんよると、アイディアソン・ハッカソンにはこうしたフィールドワークがとても重要だといいます。

フィールドワークの様子。実際にグラウンドに出て、あらためて日産スタジアムの広さを感じた参加者たち

フィールドワークの様子。実際にグラウンドに出て、あらためて日産スタジアムの広さを感じた参加者たち

「課題発見にあたっては、実際にその場に行ってみないと気づけないことが多々あります。生の声を聞き、自分の目で確かめることが重要です。また、参加者のモチベーションを上げるためにこのアイディアソン・ハッカソンだからこそ得られる特別な体験を用意しておくことは大切な要素です」(神武さん)

実際にその場に出向き、関係者のリアルな声を聞いたり、自分の目で現場を見たり、その実体験を通して課題をより「自分ごと」として捉えられるようになり、新たなアイディアやモチベーションにつながるようです。

課題を解決するための多種多様なアイディア

今回のハッカソンは、参加者を6つのチームに分けて行われ、「興奮を可視化する」「障がい者の方への移動支援に活用する」などさまざまなアイディアが発案されました。そのなかから、ふたつのチームのアイディアを紹介します。

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1)災害時の人の流れを可視化する
災害時の避難誘導をより効率よくするためのアプリです。システム管理者は、スタジアム内にいる人数と、避難出来た人数をBeaconのデータから読み取れます。アプリのユーザーは、現在地から一番近い避難口、避難までかかる所要時間などの情報を得ることができます。災害時以外には、トイレの場所や混雑情報を知るためのアプリとして使える特徴があります。

大学院システムデザイン・マネジメント研究科 神武研究室に所属する西野瑛彦(にしの・あきひこ)さん。測位技術はもちろん、防災に関する課題にも興味を持っている

大学院システムデザイン・マネジメント研究科 神武研究室に所属する西野瑛彦(にしの・あきひこ)さん。測位技術はもちろん、防災に関する課題にも興味を持っている

「別の機会なのですが、防災科学技術研究所の方にお話を伺ったことがあるんです。そのとき、大規模施設での災害時における避難誘導の大きな課題は、何人避難が完了し、何人が取り残されているのか把握できないことだとおっしゃっていたのが印象に残っています。またインスピレーショントークで、石川さんや渡辺さんが7万人の観客を安全に移動させることがいかに大変かという話をされていたので、位置情報を活用して人の流れを可視化すれば、より迅速な避難が可能になるのではないかと考えました」

2)外国人の方の不便さを取り除く
東京にスポーツイベントを観戦しに来た外国人や、地方の方をターゲットに想定したアプリ。空港や主要駅からスタジアムまでのアクセス方法が簡単にわかったり、スタジアム内にできる行列は何に並んでいる列なのかひと目でわかったり、友人同士でお互いがどこにいるか把握できたりするような仕組みになっています。

バスのりあるきデザイナー 佐野一昭さん。東京都駅周辺を舞台にした1回目のハッカソンにも参加した

バスのりあるきデザイナー 佐野一昭さん。東京都駅周辺を舞台にした1回目のハッカソンにも参加した

「Stuartさんのお話を受けて、外国人の方がストレスなく日本のスポーツイベントを楽しめるようなアプリを開発しようと考えました。アイディアソンの段階からStuartさんがチームメンバーとして加わってくれたこともあり、リアルな声を聞きながら開発を進められています。最終的に目指しているのは、包括的なサポートを可能にするアプリですが、その第一段階としてスタジアム内の行列がそれぞれなにを待っている列なのかひと目でわかる仕組みを開発することにしました」

参加者同士のつながりが大きな成果

上記ふたつのチームはもちろん、それぞれのチームのアイディアの源となっているのは、自身がスタジアムについて見聞きしたことや実際に体験したことでした。フィールドワークの重要性について述べた神武さんの言葉のように、課題解決の第一歩は五感で感じるリアルな原体験にあるのかもしれません。

アイディアソンからハッカソンまで、約2週間にわたっておこなわれた今回のイベント。画期的なアイディアが多数発案されたのはもちろん、各チームのメンバーや参加者同士のつながりが深まったことも大きな成果といえるでしょう。

ファシリテーターを務めた神武さんの次のような言葉で、幕を閉じました。

「アイディアがかたちになったチームもなかなかうまくいかなかったチームもいろいろあると思いますが、今回のアイディアソン・ハッカソンを通して同じ課題意識を持つ人たちがこうすてつながりを持てたことは大きな財産です。この場で終わりではなく、今後もこのつながりが絶えず、より大きな輪になっていくことで、日産スタジアムから社会にイノベーションを起こす機運につながることを期待しています」

高精度測位社会の実現に向けて

また国土交通省は、今回のアイディアソン・ハッカソンと連動するかたちで歩行者向けのナビゲーションアプリ「ジャパンスマートナビ」の提供を開始しました。これは、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けたもので、「高精度測位社会プロジェクト」の実証実験の一環として提供されています。東京駅周辺、新宿駅周辺、成田空港、日産スタジアムにおいて屋内電子地図や測位環境を整備し、それらを活用した屋内外シームレスなナビゲーションサービスの利便性を体験してもらうことを目的としています。

※1 ジャパンスマートナビ

屋内に設置されたBeaconを利用したナビゲーションサービスを体験できる実証実験用アプリ。Android版・iOS版ともにリリースしているほか、実証実験を2017年2月末まで都内各所で実施中。
「屋内での移動を支援するナビゲーションサービスの実証実験をターミナル駅・国際空港・スタジアムで開始します!」 http://www.mlit.go.jp/report/press/kokudoseisaku01_hh_000108.html