Key Person

稲見昌彦(人間拡張工学研究者)

「人機一体」の超人がまったく新しい競技を繰り広げる「超人スポーツ」に、
機器を装着した障碍(しょうがい)者によるスポーツの祭典「サイバスロン」──。
先端技術によって、私たちの身体はいま、新たな拡張の時を迎えています。
人間拡張工学を研究する稲見昌彦さんが語る、「エンタメ化」する身体の未来とは?

人間の身体にはいま、エンタテインメントと
同じことが起こり始めているのです。

身体拡張という名のエンタテインメント

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稲見昌彦(いなみ・まさひこ)東京大学先端科学技術研究センター教授、東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授。超人スポーツ協会発起人・共同代表。米マサチューセッツ工科大学コンピューター科学・人工知能研究所客員科学者、JST ERATO五十嵐デザインインターフェースプロジェクト グループリーダー、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを経て、2016年4月より現職。光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚、知覚を拡張するデバイスを多数開発している

稲見昌彦(いなみ・まさひこ)東京大学先端科学技術研究センター教授、東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授。超人スポーツ協会発起人・共同代表。米マサチューセッツ工科大学コンピューター科学・人工知能研究所客員科学者、JST ERATO五十嵐デザインインターフェースプロジェクト グループリーダー、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを経て、2016年4月より現職。光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚、知覚を拡張するデバイスを多数開発している

サイボーグの競技大会「サイバスロン」開催

2016年10月8日(現地時間)、私はスイスの都市クローテンにいました。最先端の「Assistive technology」(身体を補助し、障碍(しょうがい)を克服するための、工学的な技術)を身にまとうアスリート(パイロットと呼ばれる)たちによるスポーツの祭典「サイバスロン」を観戦するためです。

サイバスロンでは6種目のレースが繰り広げられました。無数の電極を頭部に繋ぎ、脳波でビデオゲームの中のアバターをコントロールすることで競い合う「ブレインコンピュータインターフェースレース」。ロボットのような義足をつけたアスリートが、様々な障碍物を乗り越え疾走する「強化義足レース」……。サイバスロンは、私が研究している「人間拡張工学」の目指していること、つまり工学的に「超人(スーパーマン)」をつくりだすことを体現している祭典でした。

稲見さんが開発した、「光学迷彩」技術を用いたマント。再帰性反射材を用い、透明人間のような視覚効果を実現した(写真提供:東京大学稲見研究室)

稲見さんが開発した、「光学迷彩」技術を用いたマント。再帰性反射材を用い、透明人間のような視覚効果を実現した(写真提供:東京大学稲見研究室)

私はいま、身体に関わるテクノロジーが新しい局面を迎えていると感じています。最先端のテクノロジーが、人間の身体をメディア化しつつあるのです。従来の身体に関わるテクノロジーは、主に身体の「補綴(ほてつ)」に用いられることが多かった。つまり義手や義足、車椅子にしても、移動の不可能や困難など、障碍者の方々の身体におけるマイナス要素を補い、いわゆる健常者に近づけるためのものとして研究・開発されてきました。マイナス要素をゼロにしようとするときのアプローチは、例えば義手や義足がわかりやすいのですが、健常者という「ゼロの水準」へいかに近づけるかというものになりますし、最適なアプローチの数は限られています。

しかし最先端のテクノロジーは身体のマイナス要素を補綴しながら、健常者をも超えるプラス要素、ときに超人的ですらある能力に拡張することを可能にしているのです。マイナス要素からプラス要素を生み出そうとするときのアプローチは無限にあります。人によって拡張したい身体部位や、どのように拡張するかが異なるためです。例えば、右足を失った人がより速く走ることのできる右足を獲得することや、手を失った人が、サイボーグのような見た目にも斬新な義手を獲得することはその一例です。それは、エンタテインメント作品をつくるときと同じアプローチといえるでしょう。

従来の身体に関わるテクノロジーは、いわばたった1種類のジャンルしかない音楽のようなものでした。退屈ですよね。音楽はポップスもロックも、ダンスミュージックも民族音楽もあるから多様で面白い。多様性と面白さがエンタテインメントを支える要素であるとするならば、いまの身体拡張には、まさにエンタテインメントと同じことが起こり始めているのです。

障碍者スポーツが健常者を超える時代

この変化を示す例は数多くありますが、顕著な例はスポーツの領域です。例えばリオデジャネイロ・パラリンピックでドイツのマルクス・レーム選手が獲得した金メダルの意義について考えてみることが役に立つでしょう。カーボン義足を身につけるレーム選手はリオデジャネイロ・パラリンピックの種目、走り幅跳びで8m21cmという記録を残し、世界中のスポーツファンを驚嘆の渦に巻き込みました。これは、リオデジャネイロ五輪では5位に相当する記録です。

稲見さんが発起人と共同代表を務める超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「ホバークロス」。体重移動で操縦する電動スクーターに乗った選手が攻撃と守備に分かれ、ゴールにボールを入れて得点を競う(写真提供:超人スポーツ協会)

稲見さんが発起人と共同代表を務める超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「ホバークロス」。体重移動で操縦する電動スクーターに乗った選手が攻撃と守備に分かれ、ゴールにボールを入れて得点を競う(写真提供:超人スポーツ協会)

こうして障碍者と呼ばれてきた選手が、健常者の選手を記録で超えるようになってきたいま、私たちは新たな議論と向き合わなければなりません。それは、いまの健常者の定義は、果たして時代に即したものなのか、ということです。

この課題はそのまま、オリンピックとパラリンピックの間で線引きを行うべきか否かという議論に直結します。性別や体重によってクラス分けをすることで競技の公平性が保たれていることを考えれば、オリンピックとパラリンピックの区別があることは公平とも考えられます。しかし、障碍者を健常者と公平に扱うべきであるとする社会の要請を踏まえたとき、私たちはどのような解を出すべきなのでしょうか。革新的なテクノロジーがもたらす、身体がエンタテインメント化する時代において、いままで私たちが当たり前だと思ってきた健常者の定義が揺らぎ始めているのです。

※1 サイバスロン

2016年に初めて開催された「サイバー義体者」による競技の国際大会。障碍者のサポート技術の周知を目的に、スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)教授のロバート・リーナーによって企画・運営されている。次回は2020年、スイスのチューリヒで開催されることが決定した。

※2 人間拡張工学

機器や情報システムを駆使して人間の持つ運動機能や感覚を拡張し、工学的にスーパーマン(超人)を生み出そうとする学問領域。稲見さんは2010年から行われている「人間拡張国際会議」の発足メンバーのひとり。

※3 マルクス・レーム(Markus Rehm 1988-)

もとはウェイクボードの選手だったが、練習時の事故で右足の膝から下を失う。2012年のロンドン・パラリンピック、16年のリオ・パラリンピックではドイツ代表として走り幅跳びで金メダルを獲得。2015年の障碍者陸上世界選手権で記録した8m40cmで世界記録保持者となった。

補綴から拡張へ向かうテクノロジー

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健常者を超える義手「exiii」

お話ししてきたように、現在の身体に関わるテクノロジーは、従来の補綴から拡張へと進化しています。次はテクノロジーそのものを考察してみましょう。例えば義手にも、新たなアプローチが生まれています。これまでのような、健常者に対して見劣りする義手ではなく、見た目にも斬新でカッコいい、まるでSFに登場するサイボーグのような義手が生まれているのです。それがベンチャー企業exiii(イクシー)が生み出した電動義手「handiii(ハンディー)」です。

従来の義手は、実物の人間の手に似せるために、皮膚の皺や色合いを再現していました。しかしいくら似ていても、それらは「偽物の手」の域を脱することはできなかった。さらに腕の筋肉の電気信号を介し、まるで自分の手のように直感的に操作が可能となる「筋電義手」ともなると、非常に高価なものになっていました。handiiiは、機能を必要最低限に絞って価格を下げ、入手しにくかったという従来の義手のマイナス面を克服しながら、スタイリッシュなデザインにこだわり、まるでおしゃれなメガネやファッションアイテムのような義手というプラス面を実現しました。

価格を下げながらも、高度な筋電義手のテクノロジーを用いた直感的な操作を可能とするほか、一般的に普及しているスマートフォンを筋電の信号処理に用いることで、ハードウェアのコストも下げているのだといいます。さらに成形に3Dプリンターを用いることで、製造コストを削減しながらカスタマイズを容易にしています。まさに補綴から拡張へ向かった革新的な義手です。

稲見さんが開発に参加したメガネ型デバイス「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」。専用のスマートフォンアプリと連携し、装着者の身体情報を分析する機能を持つ(※装着時の表示を想定し、アプリ画面を合成しています)

稲見さんが開発に参加したメガネ型デバイス「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」。専用のスマートフォンアプリと連携し、装着者の身体情報を分析する機能を持つ(※装着時の表示を想定し、アプリ画面を合成しています)

人類の歴史は、身体拡張の歴史だった

また、昨今はアップルウォッチに代表されるウェアラブルコンピュータが話題ですが、人類と付き合いの長い道具であるメガネでも、ウェアラブルコンピュータによる身体拡張が革新を生んでいます。それが私の研究室でも研究開発の一翼を担った、アイウエアブランドJINSによる「JINS MEME」です。

このメガネには、6軸センサー(加速度センサー、ジャイロセンサー)、3点式眼電位センサーが搭載されています。これらのセンサーの情報により、身体がどれだけ傾いているか、どのように歩行しているかとともに、まばたきなどの眼球の動きを可視化することができるのです。すると、どの程度の平均的運動量を持つ人が、デスクに向かって仕事をしているときにどの程度集中できているのかといった情報を、正確に把握することができます。これは従来の人間が持つことのない、拡張された自己認識と考えられます。これによって、自らの行動を変えていくことで、生活習慣などを改善することができるかもしれないわけです。もとは視力矯正補助の目的で生み出された道具であるメガネが、ウェアラブルコンピュータになることで、新しい自己認識を得ることができる身体拡張がもたらされたのです。

超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「トリトリ」。カメラ映像を見ながらドローンを操り、ターゲットのドローンを捕獲して得点を競う(写真提供:超人スポーツ協会)

超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「トリトリ」。カメラ映像を見ながらドローンを操り、ターゲットのドローンを捕獲して得点を競う(写真提供:超人スポーツ協会)

身体に関わる技術はいま、インターネットによる情報技術革新とも合流し、次々に補綴から身体拡張へと進化しています。その原点には、人間の「強くなりたい」「行動範囲を広げたい」といった願望があるのかもしれません。身体拡張というと、途轍もなくハイテクなイメージを与えますが、実はずっと大昔、石器のような原始的な道具を作り始めたころから、身体拡張は始まっているのです。家を建てること、椅子をつくること、さらには自分の守護神のタトゥーを身体に刻むことすらも身体拡張と考えられます。人間には、使い慣れた道具を身体化することができる性質が備わっているのです。自分の身体のように操り、面倒な作業を「自動化」でき、自らを「自在化」することができる道具を、人間の脳は身体の一部と捉えるのです。

道具と密接に関わってきた人類の歴史は、身体拡張の歴史であるとも考えられます。身体拡張工学は、いま使うことのできるテクノロジーを用いて、どのようにいまの人間の身体を拡張していくか、その最先端を考える研究領域なのです。

※1 exiii

使いやすく、健常者が羨むようなスタイリッシュな義手の開発に取り組む日本のベンチャー企業。2013年に発表した「handiii」は、3Dプリンターの導入によって低価格で装着者ごとのパーソナライズを可能にする発想で注目を集めた。 (『INFORIUM』6号に取材記事『exiii発、3Dプリンター×オープンソースで描く義手の未来』を掲載しています)

※2 JINS MEME

日本のアイウエアブランドJINSが2015年に発売したメガネ型デバイス。3点式眼電位センサーや6軸センサー(3軸加速度センサー、ジャイロセンサー)を搭載し、専用のスマートフォンアプリと連携することで、装着者の眠気や集中度、姿勢などを分析する。

「超人」によってスポーツは革新される

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人間拡張工学で、スポーツを再発明する試み

また、私は、身体を多様化する未来のためのスポーツ「超人スポーツ」を提唱しています。東京大学大学院情報学環教授でソニーコンピュータサイエンス研究所副所長の暦本純一氏や、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の中村伊知哉氏らとともに、「超人スポーツ協会」を2015年6月1日に発足させました。同協会は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、人間拡張工学によってスポーツを再発明することを目的としています。

超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「バブルジャンパー」。球状のバブルバンパーを身に着け、バネでジャンプ力を強化した選手同士がぶつかり合う(写真提供:超人スポーツ協会)

超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「バブルジャンパー」。球状のバブルバンパーを身に着け、バネでジャンプ力を強化した選手同士がぶつかり合う(写真提供:超人スポーツ協会)

技術とともに進化し、参加者・観戦者がその身体的特徴の差を超えて楽しめるスポーツをつくりだすことが目標です。すでに様々な「超人スポーツ」がハッカソンなどを通して開発されています。

例えば「超人相撲」を実現する「バブルジャンパー」。ルールは相撲と同様、2人の選手が戦い、相手を先に倒すか所定のエリアから排除したほうが勝ちとなります。選手は空気が詰まった風船のようなショック吸収バンパー「バブルバンパー」を身に着け、足には「スティルト」と呼ばれるジャンプ能力を拡張するデバイスを装着し、相撲を行います。私がやってみたところ、面白い発見がありました。転んでも痛くないので、無茶な攻撃ができるのです。生身での相撲では、人は必ず身体へのダメージを考えて動きを制御しますが、バブルジャンパーでは、自分も相手も、どれだけぶつかって転んでも痛くはない。まさに超人同士の新しい相撲が実現したのです。

超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「HADO®」。ヘッドマウントディスプレイとアームセンサーを装着したチーム同士が対戦し、エナジーボールとバリアで相手の体力を削っていく(写真提供:超人スポーツ協会)

超人スポーツ協会の認定競技のひとつ「HADO®」。ヘッドマウントディスプレイとアームセンサーを装着したチーム同士が対戦し、エナジーボールとバリアで相手の体力を削っていく(写真提供:超人スポーツ協会)

また、meleap(メリープ)というスタートアップ企業の開発した、AR技術とモーションセンシング技術を用いた戦闘ゲーム「HADO」も興味深い超人スポーツです。頭にヘッドマウントディスプレイを、腕にはアームセンサーをつけてプレイします。攻撃方法は、手を組み合わせて前にかざせば、眼前のディスプレイを通し、ゲーム『ストリートファイター』でお馴染みの「波動拳」のような技がARとして発動します。最先端のAR技術が、ゲームの世界と現実世界の戦闘を融合させたのです。

こうした新たなスポーツを生み出すことで、健常者も障碍者と呼ばれている人も一緒になって、もっとカジュアルに「スポーツをつくりたい」と思える世界をつくっていけると思っています。少なくとも普段、スポーツやオリンピックに関心の無い人でも「自分も出場してみよう」と思えるスポーツを楽しく生み出せて、プレイできる。ゆくゆくはその土地や文化ごとに、自由で多様なスポーツが生まれていくことを願っています。

※本取材内容は、『INFORIUM』6号にも「人間拡張工学と『超人スポーツ』──エンタメ化する身体の行方」として掲載しています。本稿は、東京大学で行われた稲見昌彦さんへの取材内容をもとに、同氏の著書『スーパーヒューマン誕生! ──人間はSFを超える』の内容を引用し、加筆・再構成したものです。

※1 超人スポーツ

人間拡張工学を採り入れた新しいスポーツ。身体における差異を埋める技術や身体拡張技術をスポーツイベントなどを通して発展させ、その成果を社会に還元すべく、稲見さんらによる「超人スポーツ協会」が推進と普及に努めている。

※2 暦本純一(れきもと・じゅんいち 1961-)

ヒューマンコンピューターインタラクション全般、拡張現実感、テクノロジーによる人間の拡張、「Augmented Sports」などを対象とする研究者。世界初のモバイルARシステムなどの発明者として広く知られる。https://inforium.nttdata.com/keyperson/rekimoto.html (参考記事:「暦本純一(ヒューマンインターフェース研究者)」)

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INFORIUM 第6号