Key Person

山中俊治(インダストリアルデザイナー)

Suicaからアスリート用義足まで、
新たな発想のプロダクトを社会に発信し続ける
インダストリアルデザイナーの山中俊治さん。
自身が開発する義足のお話を中心に、
テクノロジーの進化とともに拡張していく、
未来の「身体」について語っていただきました。

テクノロジーが拡張する、未来の身体

体のフォルムに適応する新たなデザイン

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山中俊治(やまなか・しゅんじ) 1982年、東京大学工学部産業機械工学科卒業後、日産自動車デザインセンター勤務。87年に独立。94年にリーディング・エッジ・デザイン設立。2008~12年慶應義塾大学教授、13年より東京大学生産技術研究所教授。腕時計、カメラ、乗用車、家具、通信機器など、幅広い工業製品をデザインする一方、これまでデザイナーが関わってこなかった領域の研究に参画し、様々なプロトタイプを製作、発表している。

山中俊治(やまなか・しゅんじ)
1982年、東京大学工学部産業機械工学科卒業後、日産自動車デザインセンター勤務。87年に独立。94年にリーディング・エッジ・デザイン設立。2008~12年慶應義塾大学教授、13年より東京大学生産技術研究所教授。腕時計、カメラ、乗用車、家具、通信機器など、幅広い工業製品をデザインする一方、これまでデザイナーが関わってこなかった領域の研究に参画し、様々なプロトタイプを製作、発表している。

1人ひとりに合った美しい義足

──────近年、急速な進化を遂げている筋電義手や義足をはじめ、身体能力を拡張するテクノロジーが発展してきています。山中先生らが目指す「未来の身体」には、どんなビジョンがあるのでしょうか。

2008年の北京パラリンピックで、両足義足の陸上選手、オスカー・ピストリウスの映像を目にしたときに衝撃を受けたんです。「ブレードランナー」との異名を持つ彼の身体は、シャープなフォルムの義足と見事に一体化していて、競技中は大地を軽やかに飛んでいるようにも見えました。そのとき、それまで義足に抱いていた「不幸な状況を補完するもの」というイメージが一転して、「新しい美を身体にもたらすもの」と考えるようになったんです。そこから、 私の研究室でも義足のプロジェクトが始まりました。

──────それ以来、義足の開発を進められていますが、この分野がこれまで抱えていた課題は何だったのでしょうか。

実際に障碍(しょうがい)をお持ちの方にお会いしたり、障碍者スポーツの現場を調べたりしてみると、義足の世界には「デザイン」という概念がまるで行き届いていないことがわかったんです。日常用と競技用とでも異なりますが、今日のスタンダードな日常用義足の型がつくられたのは第1次大戦後のこと。それまでの義足はすべて義肢装具士による手づくりで、職人の技術に頼らざるを得なかったんです。

しかし大戦後の急速な義足の需要に応じて、オットー・ボックさんという優れた義肢装具士がパーツの量産化を試み、足に直接触れるソケット以外を量産部品の組み合わせで構成することで、個々の足にフィットさせることができるモジュラーシステムを開発しました。

モジュラーシステムは、安価に様々なサイズの義足を素早く供給するという意味では革命的だったのですが、その一方で、義足全体をデザインする人がいなくなり、 1人ひとりに合った美しい義足をつくるという考え方自体が失われてしまったのです。

陸上競技用下腿義足 Rabbit Ver.4.5 リオ・パラリンピックにも出場した陸上選手の高桑早生選手用のモデルは、度々の改良を重ねて活用されている。山中氏のスケッチをもとに、なめらかな曲面で覆われたソケットは切断された足という痛々しいイメージを払拭し、義足を美しい道具へと転化させた

陸上競技用下腿義足 Rabbit Ver.4.5
リオ・パラリンピックにも出場した陸上選手の高桑早生選手用のモデルは、度々の改良を重ねて活用されている。山中氏のスケッチをもとに、なめらかな曲面で覆われたソケットは切断された足という痛々しいイメージを払拭し、義足を美しい道具へと転化させた

──────従来の義足と最も異なる点はどこにあるのでしょうか。

本来、人間の体は背骨、大腿からふくらはぎにかけて大小のS字カーブで構成され、ダイナミックなリズムを持っています。しかし、モジュラー型の義足は棒状のパイプでつないだだけなので、そのリズムを分断してしまっています。その結果、義足を履いた姿は自然な流れを失い、痛々しく見えてしまうんです。

そこで私たちは、機能的には従来の義足を保ちつつ、 体のラインに沿った美しいフォルムを考案していきました。それまではこんなデザインの義足が無かったものですから、発表時には世間に大きなインパクトを与えられたと思います。同じころに、斬新な義足で世界を魅了したモデルのエイミーなど、同じ問題意識を抱えた人たちが世に現れ始めてもいました。

そうした提案に共感してくれた切断者のひとりが、当時まだ高校生だった高桑早生さんだったのです。 その後パラリンピックアスリートとなった彼女は、私たちの研究室に所属しながら、美しくて高性能な義足の開発に一緒に取り組み、2013年には私たちの開発した義足を実際の競技に活用してもらえるようになりました。

山中氏のラフスケッチ

アスリートの身体観察にもとづいて描かれた山中氏のラフスケッチ。流線型の義足と一体化した、「ダイナミックなリズム」のある身体をイメージしている

──────新しい義足は、実際のアスリートにとってどんな効用があったのでしょうか。

高桑さん曰く、「チームメイトが義足の話をしてくれるようになった」とのこと。これはとても重要なポイントで、それまでは腫れ物に触るかのごとく、日常会話の中でほとんど義足に触れられることはなかったそうなんです。

「デザインされていないもの」を見つけるほうが難しい現代社会で、やむを得ず使っているように見えるプロダクトはどうしてもその異質さが浮かび上がってしまう。しかし、きちんとデザインされたものであれば、体の一部、道具のひとつなんだと周囲にも自然と認識されるようになるんですね。

人間本来の能力を拡張させる

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 今後の身体とテクノロジーの関わり方

──────最近ではパラリンピックの選手がオリンピック選手の記録を超える可能性も示唆されていますが、そうした身体拡張の行方についてはどうお考えですか。

有名な例を出すと、義足の走り幅跳びの選手マルクス・レームは、いま最も世界記録に近い現役選手です。健常者、障碍者の垣根なく世界大会を開けば、 彼が金メダルを取ることは間違いないとも言われています。そうなってくると、パラリンピックは障碍を補完するものではなく、世界最速・最高を目指すスポーツの祭典になるかもしれません。

その一方で、 スポーツのフェアネス(公平性)をどこに据えるかがいま大きな課題となっています。そもそもスポーツというものは、人類はみな共通であり、同じ基準で比較可能な身体で競争することが前提とされています。

しかしその同一性は、結果としてマイノリティを拒否するシステムにもなってしまう。その課題を乗り越えるには社会のコンセンサスを取る必要がありますが、何が正しいかをこと細かに問うよりも、どうすれば多様な人々が一緒に楽しめるかを考えていくほうがいいと思っています。そうしたことを考える枠組み自体がこれまでほとんどなかったのですから。

──────身体とテクノロジーの関わりにおいては、今後どんな展望があると思いますか。

20世紀後半までは、インターネットの登場も加味して、現場にいなくても通信できること、身体の限界から離れた自由なネットワークの構築がテクノロジーの大きなテーマでした。しかし、現在はそのインフラがひととおり行き渡り、あらためて実世界の身体性が問われるようになってきたと思います。

最近世界的なブームを巻き起こしたゲームアプリ『ポケモンGO』などはその一例ですね。ゲームというバーチャル世界を飛び出して、みんなが実世界で体を動かすようになった。そうした身体性の回復を目指すテクノロジーが新たなトレンドのひとつになっていく中で、義足という存在もまた、失われた体を補うものではなく、私たちの身体自体をダイレクトに拡張していくものだという概念になっていくと思います。

また、翼のようなデバイスを付けた新たなスカイダイビングだとか、義足の板バネの構造を利用したデバイスを装着するサッカーだとか、新しいタイプのスポーツもどんどん登場しています。そうして人工物が人体を覆うエリアを増やせば、障碍者も健常者も関係なく一緒に楽しめる状況が出来てくるでしょう。

未来の身体デバイスの鍵は

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マスカスタマイズの時代

──────医療やヘルスケアの現場では、どんな進展があるのでしょうか。

その分野で最も注目しているのは、3Dプリンターなどが可能にする「マスカスタマイゼーション」です。これまで量産化することでしか利益を上げられなかった医療用プロダクトが、3 Dプリンターなどの登場によって、低コストで個人の型に合わせてカスタマイズできるようになってきました。

代表的な例は補聴器や歯科矯正器具ですね。耳や口内の形は人それぞれ違いますから、個々のオーダーを可能にした欧米の企業がここ数年で爆発的な売上を記録しています。「個人のものづくり」の時代を到来させたと言われるデジタルファブリケーションですが、そのセカンドステージはこうした新たな製造システムにあると思います。

──────そうした新しい製造システムにおいて、日本の強みはどこにあると思いますか。

正直に言って、日本企業は後れを取っています。 実は3Dプリンターの基本原理である、「アディティブマニュファクチュアリング(積層造形)」を最初に実用化したのは日本でしたが、それをうまくマネタイズできなかった。いままで義足などの世界にデザイナーが参入できなかったのも、そこにマネタイズの仕組みがなかったという理由が大きいんです。

しかし、ソフトウェア上で簡単にカスタマイズできる仕組みをつくれば、その分デザインにかかる時間的コストも大幅に下がり、かつ個々の商品をたくさんつくれるようになる。それはまた、従来の日本メーカーが築いてきた、成功しすぎてしまった大量生産型の製造システムをもう一度再構築する時代になったとも言えます。この先に日本企業の強みを活かせるとすれば、世界に誇るきめの細かい製造技術を、こうしたマスカスタマイズの時代にどう適応させていくかにかかっているでしょうね。

──────新たなテクノロジーを普及させるには、製造のプロセスも見直す必要があるということですね。

3Dプリンターは製造業界に革命をもたらすポテンシャルを持っていますが、いまのところ従来の機械構造を代替するには性能や強度が足りず、ほとんどが動きのない小さなプロダクトの範囲に収まりがちです。そこで私たちはアディティブの特性を活かした構造とその設計手法を研究しています。

例えば、 車のエンジン部分に使われるカムシャフトはもともと高い精度でハイパワーを実現する構造でしたが、 私たちは精度とパワーの代わりに3次元的で滑らか な動きを実現する3Dカムシャフトを開発し、愛らしい昆虫型ロボットをつくってみました。このロボットは完成された状態で3Dプリンターから吐き出され、組み立てるという工程をすっ飛ばしていきなり動き出します。いつの日か車1台をもワンピースでつくってしまうような未来を提案していきたいんです。

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Ready to Crawl 生き物の動態のリサーチから、アディティブマニュファクチュアリング(積層造形)の手法を用いて、新たな動きの機構を開発していくアプローチ。山中氏の研究室がある東京大学生産技術研究所内で行われた展覧会『MAKING MAKE展–プロトタイプの制作絵巻』にて発表された

Ready to Crawl
生き物の動態のリサーチから、アディティブマニュファクチュアリング(積層造形)の手法を用いて、新たな動きの機構を開発していくアプローチ。山中氏の研究室がある東京大学生産技術研究所内で行われた展覧会『MAKING MAKE展–プロトタイプの制作絵巻』にて発表された

──────山中先生が義足の進化は身体拡張の流れのひとつだと捉えられているように、テクノロジーの進化と同時に、社会における意識の変化も重要になってくると思います。

最近ではパーソナルモビリティの「WHILL」や筋電義手の「handiii」など、若い人たちのスタートアップ企業が福祉分野にもどんどん参入し始め、新たな風を感じています。ようやく仲間が増えてきた、という思いです。その追い風は、2012年のロンドン・パラリンピックをきっかけに、「かっこいいもの」として世界に広く浸透したことにも由来していると思います。

私個人の見解としても、 これからの身体とテクノロジーのあり方には常にポジティブでいたいんです。もちろん、人工物が体に介入する上での危険性など、ネガティブな側面はいくらでも列挙しようと思えばできますが、それを言ったところで社会が良くなるとは思えない。新しい技術がもたらす未来に、一足先に気付いた人間たちが、ひとつずつ未来の解決策となるアイデアを自由に提示していく時代なのではないでしょうか。

※この記事は、当社広報誌『INFORIUM』第6号(2016年11月30日発行)に掲載されたものです。