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INFORIUM10号

今号の特集は「ITが支える—幸せな働き方」。多様な働き方が模索され、仕事と人生のありようを見つめ直す動きが広がっている。人は何のために働くのか、どのようなワークスタイルが理想的か、テクノロジーは仕事と暮らしにどのように寄与するのか。様々な観点からITが支える新しい働き方について考える。 本誌を読む(PDF版)

編集長 小崎哲哉

編集長コラム(7)幸せに生きるためにITができること

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『INFORIUM』最新号(第10号)では「ITが支える——幸せな働き方」という特集を組んだ。2018年6月に成立した「働き方改革関連法案」を受けての企画である。

法案の評価は様々だろうが、働く者であれば誰しも「働き方」への関心を抱いているに違いない。「人はなぜ働くのか」という大仰で哲学的とも言える問いを掲げないまでも、いわゆるワークライフバランス(仕事と生活の調和)は日々の具体的な問題だ。「なぜ」ではなく「どのように」という問いである。

「自分にしかできない価値をいかに生み出すか」(経済学者・野口悠紀雄氏)、「一見非効率でも、個々人の感情に従ったほうが合理的な結果が得られる」(Work Design Lab代表理事・石川貴志氏)、「大切にすべきは(会社ではなく)生きている“あなた”。永続させないといけないのは“あなた”の幸福です」(サイボウズ代表取締役社長・青野慶久氏)……特集にご登場いただいた方々の言葉はそれぞれ含蓄に富む。

企業もワークライフバランスの改善に取り組んでいる。「睡眠報酬制度」や「グレートジャーニー制度」を導入したクレイジー、理由を問わず会社以外の場所で、時間もフレックスで勤務できるユニリーバ・ジャパンなどなど。詳しくは記事をお読みいただきたいが、いずれも、社員の暮らしに配慮しつつ、生産性を上げようとする試みである。付言すれば、ユニリーバでは生産性を「社員が全員『生』き生きと『産』み出したくなる状態」と再定義している。会社にとっての生産性と社員にとってのそれは違うという認識だそうだ。

■名店・和久傳の料理はなぜ美味しいか

特集ではないが、村松美賀子さんによる連載『おもてなし考』では、高台寺和久傳(わくでん)の女将/代表取締役の桑村祐子さんが、これも含蓄のある話を聞かせてくれている。

和久傳といえば京都を代表する名店のひとつ。そもそもは丹後で料理旅館を経営していたが、地場産業の丹後ちりめんが衰退し、大女将(祐子さんのご母堂)の決断で京都に料亭として進出した。一人娘の祐子さんも、大学進学を機に京都市内に移り住み、学業の合間を縫って家業を手伝う。卒業後はしかし、すぐに和久傳に入るのではなく、なんと禅宗の寺で修行することにした。「娘であることで甘やかされているなと。外に出ないと自分づくりができないと思った」のだと言う。以下、村松さんの文章から引用する。

時代はバブルである。ただでさえ厳しい修行に入る女性は少ないのに、祐子さんは自分を追い込み、由緒ある寺で、2年ほど淡々と修行を続けた。朝起きるとまず掃除。それから畑仕事をし、食事をつくって、また最後は掃除に終わる日々だった。食事は玄米菜食で、基本は自分たちでつくったものを調理していただくという生活から、祐子さんは今につながる食に対する考え方と、食の大切さを身体で学んだのである。

2007年、和久傳は工房を丹後に移し、併せて森をつくることにした。地元の人々にも手伝ってもらい、3万本が植樹された「和久傳の森」で米や野菜を栽培している。それらの食材は丹後の魚介などとともに京都の店に運ばれ、調理されて食卓に供される。祐子さんが身体で学んだ食の大切さは、具体的な形で仕事に生かされている。

和久傳での食事は、美味しいばかりではなく快い。食材、料理、器、調度、接客などのすべてに、こまやかな人の手が加わり、あたたかい心が通っているのが感じられる。それは、コミュニケーションの賜物でもあるように思う。仲居さんと客の間のそればかりではない。仲居さん同士の、仲居さんと板場と女将の、店のスタッフと農家や漁師や猟師の方々とのコミュニケーション。人の営みは何ごとも、畢竟するに人間関係によって結果が左右される。良き人間関係が良きものを生む。それは自然なことであるだろう。

■『INFORIUM』休刊にあたって

さて、『INFORIUM』は今号をもって休刊する。ご愛読下さった、そして制作にご協力下さったすべての方々に感謝を申し上げたい。これまでに刊行した全10号の特集テーマは「未来へ!」「持続へ!」「歴史へ!」「宙(そら)へ!」「知性へ!」「身体へ!」「日本へ!」「お金のリデザイン」「脳に学ぶ」そして「ITが支える——幸せな働き方」である。

創刊以来、NTTデータの担当スタッフと編集部は、この雑誌で何を伝えていくかを議論してきた。NTTデータグループは「情報技術で、新しい『しくみ』や『価値』を創造し、より豊かで調和のとれた社会の実現に貢献する」ことを企業理念としている。「より豊かで調和のとれた社会」とはなんだろうか。

噛み砕いて言えば、それは「みんなが幸せに生きる社会」のことだろう。ITを用いて、みんなが幸せになるにはどうしたらよいか? それが10冊を通じて(『INFORIUM』の前身にあたる広報誌『KAERURYOKU』を加えれば計22冊を通じて)我々が追究してきたことだった。どんなに素晴らしい技術であっても、それが人の幸せに貢献しないのであれば何の意味もない。というよりも、みんなが幸せになるために技術をどのように使うべきかが問題なのだと思う。

技術は「ファルマコン」である。薬理学(pharmacology)や薬局(pharmacy)の語源となったギリシャ語で、「薬」と「毒」の双方を意味する。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」と言われるように、ほとんどの薬は飲み過ぎると有害であり、その逆に一般的に毒と思われるものを少しだけ用いれば薬になることがある。日本三大有毒植物のひとつとされるトリカブトが漢方薬にもなることは、その好例と言える。

ITもファルマコンであることは、例えばインターネットやSNSのことを考えればすぐにわかるだろう。世界中がつながり、ほぼリアルタイムの通信が実現し、誰でも情報発信できるようになった。他方、違法なウェブサイトが生まれ、攻撃的なコメントが人々を分断し、フェイクニュースの温床ともなっている。そんな現状を目の当たりにすると「ITを用いてみんなが幸せになる」ことの難しさを痛感する。とはいえITがファルマコンであるなら、「薬」として用いることは当然可能であるはずだ。

桑村祐子さんのお話が、ひとつのヒントになるように思う。再び村松さんの文章を引こう。

和久傳スタッフには老若男女が揃っている。高校を卒業したばかりの十代もいれば、大女将をはじめ、ベテランのおじいちゃん、おばあちゃんもいる。祐子さんは和久傳を「教育現場」と考え、スタッフと家族のように接しつつ、さまざまな経験の機会をもうけている。経験をもとに、みなで考え、話し合うことを重ねるなかで、スタッフは自ら動く力を培ってきた。

経験を共有し、皆で考え、話し合うことを重ねる。良き人間関係を築き上げ、その結果として良きものを生み出す。つまりは、リアルに立脚するということだ。

ITというとバーチュアルを連想しがちである。ITはデジタル技術の上に成り立っているのだから、もちろんそれは間違いではない。だが、重要なのはやはりリアルである。我々の生活はリアルの中にあるのだから。

いうまでもなくこれは、バーチュアルやITを捨てろという話ではない。今号の特集をご覧いただければわかるだろうが、実際、幸せな働き方を支えるために、ITは大きな役割を果たしている。その事実はITの可能性を示している。『INFORIUM』休刊後も、NTTデータの活動にご注目いただきたい。

おざき・てつや1955年、東京生まれ、京都在住。ウェブマガジン『REALKYOTO』(http://realkyoto.jp/)発行人兼編集長。1989年に創刊された新潮社の文化情報誌『03 TOKYO Calling』副編集長を務めた後、インターネットワールドエキスポ1996日本テーマ館『Sensorium』、愛知万博テーマ普及誌『くくのち』、ウェブマガジン『先見日記』のエディトリアルディレクターを歴任。CD-ROMブック『デジタル歌舞伎エンサイクロペディア』、写真集『百年の愚行』などを企画編集し、和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大学舞台芸術研究センター主任研究員。あいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーも担当した。2014年12月、編著者として『続・百年の愚行』を上梓。刊行後も続く愚かな事件や事象の情報をアップデートするウェブサイト『百年の愚行』 (https://www.facebook.com/idiocy2)も運営している。2018年3月、著書『現代アートとは何か』(http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309279299/)を刊行。

特集「ITが支える—幸せな働き方」リソース集

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広報誌『INFORIUM』第10号の特集は「ITが支える—幸せな働き方」。編集部が参考にした書籍やウェブサイトから、面白かったものを集めてみました。

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野口悠紀雄『仮想通貨革命で働き方が変わる』
巻頭インタビューにご登場いただいた著者は、大蔵官僚から文部官僚を経て大学人に転じた経済学者。仮想通貨の実現に大きく寄与したブロックチェーン技術など、ITによって生まれた革新的なテクノロジーによって働き方がどう変わるかを予測する。

野口悠紀雄『「超」独学法 AI時代の新しい働き方へ』
IT、特にインターネットの普及と進化によって、学びの方法は劇的に変化した。「学校でなく独学のほうがよい」「英語は独学でしかマスターできない」といった目から鱗が落ちる見解と提言が満載。サイト名など、具体的な情報も多数盛り込まれている。

青野慶久『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』
「働きがいのある会社」女性ランキングの中規模企業部門で、2年連続して1位に輝いたサイボウズの社長による働き方論。「自分のやれること、やりたいこと、やるべきことをやれば人生は楽しくなる」という主張には説得力がある。特集対談も参照。

ラウル・アリキヴィ/前田陽二『未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界』
世界で最も進んだ電子国家政策で知られるエストニア。高度なセキュリティのもと、納税や投票など行政サービスのほとんどをオンライン上で行う同国の様々な取り組みについて紹介する。特集では、仮想移民政策とも呼ぶべき「e-Residency制度」を紹介。

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ワークデザインラボ
『Work Design Lab』
青野慶久氏と対談していただいた石川貴志氏が代表理事を務める一般社団法人。「個人と組織のよりよい関係性を創造すること」を目的に働き方のリデザインに取り組む。

エッジオブ
『EDGEof』
渋谷に誕生した「ゲームチェンジャースタジオ」。クリエイターからスタートアップまで様々なイノベーターを世界各国の機関・企業とつなげるハブとなっている。

クレイジーウエディング
『CRAZY MAGAZINE』
ユニークなウェディング事業をプロデュースするCRAZYが制作・公開するウェブマガジン。「健康経営」や「睡眠報酬制度」など、自社の働き方哲学も紹介する。

ユニリーバ
ユニリーバ・ジャパン『Team WAA!』
「WAA」(Work from Anywhere and Anytime)は、働く場所・時間を社員が選べる新しい働き方。趣旨に賛同する企業、団体、個人によるネットワークのサイト。

エストニア
エストニア共和国『e-Residency』(英語)
エストニアでは、「仮想国民」に認定されれば世界各国にいながらにして同国で会社を設立でき、EU圏内でのビジネスが可能になる。起業のための情報も掲載。

winactor
『WinActor ®』
PC上の作業を処理するソフトウェア型ロボット「RPA」は、銀行業務などの効率化に大きく寄与している。国内シェアNo.1を誇るRPAツールの公式サイト。

Bizxaas
『BizXaaS ®』
社外からオフィスの作業環境への安全なアクセスを可能にするクラウドサービス。「どこでもワークスペース」をコンセプトに自由度の高いテレワークを促進する。

イマ旬
『VRによる遠隔会議システム』
VR空間に表示されたアバターを用いて会議を行うシステム。資料表示や自動翻訳機能などを搭載し、現実の対面コミュニケーションを超える臨場感と利便性を目指す。

ZEDI
全国銀行協会『ZEDI(全銀EDIシステム)』
銀行振込の際に、商取引における様々な情報の送受信を可能にするシステム。経理関係の事務作業を大幅に効率化するとともに、決済業務の高度化をも視野に入れている。

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