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INFORIUM 第5号

今号の特集は、注目を集めるAI(人工知能)の可能性について考察しました。人間とAIが適切な関係性を築くために必要なこととは何か。ウェブサイトでは編集部イチオシのAIリソース情報をお届けします。 本誌を読む(PDF版)

編集長 小崎哲哉

編集長コラム(2)京都の珈琲店文化

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縁あって7年前に、東京から京都に引っ越してきた。広報誌『INFORIUM』の連載「おもてなし考」では、これまで5回の内4回まで京都のお店や人を取り上げている。年間5千万人以上の観光客が訪れ、米国の旅行雑誌『Travel + Leisure』によって人気都市No.1に選ばれた街であるだけに、「おもてなし」について学ぶところは大きい。

第2号では、老舗イノダコーヒhttp://www.inoda-coffee.co.jp/を取り上げた。私が生まれて初めて(ヒッチハイクで)この街を訪れたのは高校3年の夏で、動機はロック喫茶やライブハウスを回りたかったから。音楽喫茶ではまったくないイノダにも行ったが、それは、フォークシンガー高田渡の「珈琲不演唱(コーヒーブルース)」という歌を聴いていたからだった。歌詞に「三条へ行かなくちゃ 三条堺町のイノダっていうコーヒー屋へね」とあったから、碁盤の目の道を歩いて、迷わずにたどり着くことができた。

●コーヒー消費量日本一!

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京都人はコーヒーを実によく飲む。これは個人的な印象ではなく、お国が調べた数字に明確に示されている。京都市の1世帯当たりの年間コーヒー消費量は、金額ベースで7,812円(全国平均5,802円)、数量ベースで3,499グラム(同2,372グラム)と、都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキングで堂々の1位なのだ(総務省調べhttp://www.stat.go.jp/data/kakei/5.htm。2013〜2015年の平均)。

缶コーヒーなどコーヒー飲料は金額ベースで4,135円、26位。順位はともかく、支出額は全国平均の4,205円を下回るから、京都のコーヒーマニアは本格派と考えてよい。緑茶など茶類の消費量も、茶の湯文化の中心地にしては缶コーヒー並みに少ない。パンの消費量も全国一だから、朝食はおばんざいにお茶という和食党よりも、パンにコーヒーという洋食党のほうが多いのかもしれない。家の外でもコーヒーはよく飲まれているはずだ。

実際、市内には少なからぬ数の珈琲専門店が存在する。よく「京都の喫茶店文化」といわれるけれど、昔はいざ知らず、現在では「珈琲店文化」だろう。これも総務省の調査によれば、京都市の1世帯当たりの年間喫茶代は7,387円で第7位(全国平均は5,770円)。ほとんどはコーヒーに費やされているのだと思う。第1位の名古屋市と第2位の岐阜市は14,301円と13,894円だが、広く知られた(おにぎりや味噌汁などが付いた)豪奢なモーニングサービスや、小倉トースト代が大半を占めるのではないか。東海地方の喫茶店文化は特異にして面白い……いや、東海地方ではなく、京都の話でしたね。

「茶類の消費量が少ない」と書いたけれど、茶の湯文化の存在は、実はコーヒー文化にも影響していると思う。お薄を茶筅でしゃかしゃかすると、表面に泡が生まれてカプチーノのように見える。お濃茶はとろりとしていてカフェインも強く、飲むとしゃきんとするあたりエスプレッソにそっくりだ。抹茶は、緑茶や番茶や紅茶よりもコーヒーに似ている。千利休が生まれ変わったら、珈琲道をつくったかもしれない。

●新しいもの好きの京都人

コーヒー好きという以外に、なぜ京都に珈琲店が多いのか。理由はいくつか考えられる。

  1. 街のサイズがほどよい
  2. 人口が多く、その割に地価・地代が安い
  3. 自営業者・自由業者と学生の比率が高い
  4. 京都人は、実は新しいもの好きでハイカラ好み
  5. 情報交換のハブ、あるいはサロンの必要性

特に説明が必要なのは4と5だろうか。まずは4から。

平安京から続く古都のイメージは、もちろん「和」であり「保守」であるだろう。だが、実際の京都人は、実は「洋」や「革新」を好んでいる印象がある。よく知られているように、祇園祭の鉾には南蛮渡来のタペストリーに彩られたものがいくつもある。戦後28年間にわたって革新府政が存続した。パンだけではなく洋食全般も愛され、フレンチやイタリアンの名店も数多い。元祖ラーメン王国だというのも、学生人口の多さばかりではなく、京都人の新奇なもの好みに拠るところが大きいのではないか。

空襲がほとんどなかったこともあって、南禅寺水路閣(と琵琶湖疏水)、京都国立博物館、京都市美術館など、モダン建築も少なからず残っている。古くからある大学には煉瓦造りの校舎がいくつもある。駅前の京都タワーは市民に「醜悪」だとこきおろされ、ポストモダン建築の京都駅もあまり評判がよろしくない。だが、実は密かに愛されているのではないか。これは私だけの観測ではなく、京都出身の哲学者、鷲田清一氏が、名著『京都の平熱』http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062921671で述べている見立てである。

日本最古といわれる(踊るほうの)クラブや、いまだに前衛的な老舗ライブハウスもある。グループサウンズの雄、ザ・タイガースを生んだのも京都である。1965年、バンド結成時の名前は「サリーとプレイボーイズ」だったという。サリーというのは、いまやテレビや映画で大活躍する俳優、岸部一徳のことだ。映画界で活躍するサリーを見て、喜んでいる地元ファンも多そうだ。実は、京都は太秦撮影所(東映京都撮影所)があるのみならず、エジソンと並び称される映画の発明者、リュミエール兄弟の作品が日本で初めて上映された都市でもある。繁華街・木屋町通りの元・立誠小学校前に「日本映画発祥の地」という駒札が掲げられている。

●気の置けないコミュニケーション空間

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外国人観光客の増加に伴い、京都市は無料Wi-Fiエリアhttp://kanko.city.kyoto.lg.jp/wifi/を拡大している。Wi-Fiに加え、電源を使わせてくれるカフェも増えてきた。京都の町屋は歴史的に「うなぎの寝床」と言われるほどに間口が狭く奥行きが深い。町屋を改造した、あるいは町屋の跡地に建てられた珈琲店の、奥まった席に座れれば仕事に集中できる。というわけで、この原稿もそんな店で、美味しいコーヒーを飲みながら書いている。Wi-Fiが使えることも、長居をしても嫌な顔ひとつされないところも、コーヒーの質の高さも、すべてが相俟って成立している古都の「おもてなし」。良い街に引っ越してきたと思う。京都人の新しいもの好きについてはまだまだ書けそうだが、5に移ろう。商売や学業に関する情報や私的な話、さらには噂話を仲間と交わす場所として珈琲店が機能している。そのことは『INFORIUM』第5号の「おもてなし考」で、書店「誠光社」http://www.seikosha-books.com/の堀部篤史さんが語ってくれているとおり。どの街の喫茶店でも同じことかもしれないが、京都の場合、人と人とのつながりが昔から非常に大切にされていることが背景にあるような気がする。一杯のコーヒーが人と人の距離を縮める。地縁が強化され、人脈が広がる。信頼感が増すにつれ、情報の精度も上がる。そんな正のスパイラルが生まれ、働いているのではないだろうか。ウィーンやパリに匹敵するサロンとしてのカフェ文化だ。

おざき・てつや1955年、東京生まれ、京都在住。ウェブマガジン『REALTOKYO』『REALKYOTO』発行人兼編集長。1989年に創刊された新潮社の文化情報誌『03 TOKYO Calling』副編集長を務めた後、インターネットワールドエキスポ1996日本テーマ館『Sensorium』、愛知万博テーマ普及誌『くくのち』、ウェブマガジン『先見日記』のエディトリアルディレクターを歴任。CD-ROMブック『デジタル歌舞伎エンサイクロペディア』、写真集『百年の愚行』などを企画編集し、和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院および愛知県立芸術大学講師。あいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーも担当した。2014年12月、編著者として『続・百年の愚行』を上梓。刊行後も続く愚かな事件や事象の情報をアップデートするウェブサイト『百年の愚行』も運営している。

特集「知性へ!」 リソース集

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広報誌INFORIUM第5号の特集は「知性へ!——AIと人間社会の未来」。
編集部が参考にした書籍やウェブサイトから、面白かったものを集めてみました。

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『東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」』(松尾 豊+塩野 誠著)
人工知能(AI)の進化によって我々の生活はどのように変わるのか? AIの定義から、得手不得手、倫理問題に至るまで、専門家が対談形式で疑問に答える。的確な質問と懇切な回答によって理解が深まる、平易にして中身の濃い入門書。

『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(松尾 豊著)
AIの歴史を決定的に変えたといわれる「ディープラーニング」とは何か? 囲碁のトップ棋士を破ったことで有名になったAlphaGoなどに用いられた中核技術を解説し、まったく新しい局面に入ったAIと人間の関係について考える。

『シンギュラリティ 人工知能から超知能へ』(マレー・シャナハン著/ドミニク・チェン 監訳)
2045年ごろにAIの能力が人間をはるかに凌駕し、推測不能な時代に入るといわれるシンギュラリティ(技術的特異点)。「全脳エミュレーション」など、最先端のAI研究の知見をもとに、近未来に起こりうる諸問題について考察する。
(※誌面にはドミニク・チェン氏のエッセイを掲載しています)

『先を読む頭脳』(羽生善治+松原 仁+伊藤毅志著)
コンピュータ将棋の研究者が天才棋士に長時間インタビュー。人間ならではと言われる「大局観」などの謎に迫る。著者のひとり松原氏は日本人工知能学会会長で、『きまぐれ人工知能プロジェクト「作家ですのよ」』の中心研究者でもある。
(※誌面には松原仁氏のコメントに基づいた記事を掲載しています)

『世界トップ企業のAI戦略』(EYアドバイザリー著)
農業、ものづくり、自動車、住宅、医療……。AIビジネスの成長は、我々の想像をはるかに超えた速度で進んでいる。Amazon、Google、トヨタ、Uberなど、52社を徹底取材。世界のトップ企業が進めるビジネス戦略を明らかにする。
(※誌面にはトヨタの自動運転技術など、各社の取り組みを紹介する記事を掲載しています)

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 』(フィリップ・K・ディック著/ 浅倉久志訳)
映画『ブレードランナー』の原作ともなった名作SF。第3次世界大戦後に、賞金稼ぎの男が火星を逃亡したアンドロイドたちの「処理」に当たる。人間とAIの違いとは何かという問いは、人間とは何かという哲学的問いそのものだ。

『現代思想』2015年12月号「特集*人工知能 ポスト・シンギュラリティ」
様々な領域の専門家や研究者による、AIやアンドロイドなどについての論考を集める。シンギュラリティ予言を「幼稚な妄想」と切って捨てる西垣通氏と、統計的アプローチの限界を指摘する茂木健一郎氏のクールなエッセイが痛快。

『WIRED VOL.20』(GQ JAPAN 2016年1月号増刊)「特集 A.I.(人工知能)」
シンギュラリティに明るい未来を見る論者と、反対に脅威を感じる論者の説をバランスよく紹介。AIと関連する映画、小説、漫画、音楽、ゲームを紹介し、わかりやすい年譜や用語解説を付すなど、大部にして行き届いた内容の特集。

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ロボットは東大に入れるか。Todai Robot Project
ロボットは東大に入れるか プロジェクト
国立情報学研究所が中心となり、2011年に始まったプロジェクト。大学や企業の協力の下、AI「東ロボくん」による21年度の東京大学入学試験突破を目指す。いまのところ、方程式を解くのは得意だが、論述問題は苦手だという。
(※誌面にて詳しく紹介しています)

きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ
きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ
星新一のショートショート全編を分析し、AIにショートショートを創作させることを目指すプロジェクト。2012年9月にスタートし、2015年9月に第3回日経「星新一賞」<に2作品を応募。両作品ともに1次審査を通過した。
(※誌面にて詳しく紹介しています)