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INFORIUM 第7号

今号の特集は「日本へ! 観光立国――2020年を超えて」。2016年の訪日観光客数は過去最高の年間2400万人強。日本が観光立国を果たすために、いま何が必要なのか? データでみるインバウンドの虚像と実像、日本各地で始まるIT×インバウンドの取り組みなど最新の事例を紹介しています。ウェブでは編集長コラムと特集のリソース情報をお届けします。 本誌を読む(PDF版)

編集長 小崎哲哉

編集長コラム(4)
文化資源と観光立国

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『INFORIUM』第7号の特集は「日本へ!」。サブタイトル「観光立国——2020年を超えて」が示すとおりの内容だ。

日本が観光立国に成功するには、まずは正確なデータに基づいた現状分析および現状認識と、そこから導かれる論理的で現実的なビジョン構築がなされなければならない。そのための格好な参考書が、特集内でも紹介している『新・観光立国論』。2015年に刊行され、同年、第24回山本七平賞を受賞した説得力ある好著である。

著者はデービッド・アトキンソン氏。オックスフォード大学で日本学を学び、ソロモン・ブラザーズやゴールドマン・サックスで金融アナリストとして勤務。ゴールドマン・サックスを退社後、2009年に小西美術工藝社に入社し、現在は会長と社長を兼務する。同社は、国宝や重要文化財など、日本の文化財の補修や修繕を行う企業である。

●『新・観光立国論』の提言

GDP(国内総生産)は主に人口によって決まる。少子化が進み、移民をほとんど受け入れない日本は観光産業に力を入れるしかない。アトキンソン氏はこの前提に立って、豊富なデータと的確な分析で「観光立国」の具体的な方法を提言している。『新・観光立国論』から、氏の主張の要点を抜き書きしてみよう。

・2014年の訪日外国人観光客数1341万人はタイや香港の半分程度
・GDPに占める観光業の割合を他国と同程度まで増やすべき
・そうすれば観光産業は54兆円規模、観光客数は5600万人となる

・日本には観光の4条件「気候」「自然」「文化」「食事」がすべてある
・「治安のよさ」や「おもてなし」は観光の動機にならない
・お金を落としてくれるオーストラリア人や欧米人を増やすべき

・クレジットカード対応、外国語の案内板はまだまだ足りない
・観光コンテンツの多様化と、富裕層向け高級ホテルの増加が必要
・日本文化の体験機会を増やし、神社仏閣などの文化財を活用せよ

2016年、訪日観光客数は2400万人を超えた。政府は目標人数を以前の倍に増やし、2020年に4000万人、2030年に6000万人と上方修正した。しかしアトキンソン氏は、2015年に刊行した同書で、2030年までに8200万人を目標とすべきだと主張している。世界の外国人観光客の増加予想からすると、それが妥当な数なのだという。

「『おもてなし』は観光の動機にならない」「4000万人あるいは6000万人で満足するな」など、予想外で衝撃的な主張ではないだろうか。しかし全体としては、とてもまっとうな提言であると思う。特に、箇条書きの最後に記した「文化財の活用」は、いわゆる文化観光の観点から非常に重要だ。

●地方創生担当相の学芸員批判

ところが、今号編集中の4月中旬に、首を傾げざるを得ないニュースが報じられた。山本幸三地方創生担当相が、文化観光に関する質疑応答で「一番のがんは文化学芸員だ。観光マインドがまったく無く、一掃しないとだめだ」と述べたというのである。毎日新聞の記事(2017年4月16日付)によれば、大臣は京都の二条城に英語の案内表示が無かったことなどを指摘し、「文化財のルールで火も水も使えない。花が生けられない、お茶もできない。そういうことが当然のように行われている」と述べて学芸員を批判した(もちろん、後に謝罪し、撤回した)。

二条城のくだりが気になった。実際には英語の看板もパンフレットもあるのだが、アトキンソン氏が『新・観光立国論』で(つまり2015年の時点で)「説明が不十分と言わざるをえない」と苦言を呈していたのである。それもあってか、二条城を管理する京都市はパンフレットをリニューアルし、監修をほかならぬアトキンソン氏に依頼。2016年12月以降(つまり大臣の発言以前から)は、日本語版に加え、英語、繁体字中国語、簡体字中国語、韓国語、フランス語、スペイン語の7バージョンを無料配布している。以前に生け花を展示したこともあったそうで、京都市は「かつて不十分だったのは間違いないが、学芸員の力を借りて順次対応してきた」と大臣に反論した(2017年4月18日付京都新聞)。

学芸員ら専門家が文化財を慎重に管理するのは当然である。それが彼らに課せられた仕事であるし、そもそも、過去から受け継ぎ、未来に残すべき貴重な財産を、性急な判断によって傷つけてはならない。「文化財を活用せよ」と主張するアトキンソン氏も、学芸員批判はひとことも発していない。おそらく大臣は、『新・観光立国論』を斜め読みしたか、アトキンソン氏の所論を聞きかじりしただけで、安易・安直に発言したのではないか。

●文化財を活用するには

事実を誤認し、学芸員の職掌を何ら理解せず、「がん」という人を傷つけるような言葉を使った大臣はおよそ擁護できない。とはいえ、観光立国に文化財を活用することは真剣に考えるべきだろう。そのためには学芸員を一掃するのではなく、逆に専門家を増やし、専門家の知恵を借りるのが得策ではないだろうか。二条城なら二条城の歴史的価値や文化的魅力をきちんと解説すれば、観光客の満足度は飛躍的に高まり、来場者数も確実に増える。『新・観光立国論』も同様に力説しているが、まずはそこから始めなければならない。

アトキンソン氏は多くの神社仏閣などの説明不足を批判する一方、桂離宮は高く評価している。「ガイドもちゃんといて、丁寧で充実した解説をしてもらえる」からだという。ただし、ひとつだけ難があるとも付け加えている。すべて無料だから、というのがその理由だ。バッキンガム宮殿でガイドを頼むと約6700円かかるという。

文化財を維持するにはお金がかかる。バッキンガム宮殿のような「自助努力」は検討すべき方法のひとつだろう。もうひとつは、国家予算に占める文化予算の割合を高めること。日本の文化予算は「他の観光大国と比較すると、ほとんどケタが1つ違う」と『新・観光立国論』は抜かりなく指摘している。大臣には、そして観光や文化行政に携わる方々には、ぜひこのくだりを読んでいただきたいと思う。

おざき・てつや1955年、東京生まれ、京都在住。ウェブマガジン『REALTOKYO』『REALKYOTO』発行人兼編集長。1989年に創刊された新潮社の文化情報誌『03 TOKYO Calling』副編集長を務めた後、インターネットワールドエキスポ1996日本テーマ館『Sensorium』、愛知万博テーマ普及誌『くくのち』、ウェブマガジン『先見日記』のエディトリアルディレクターを歴任。CD-ROMブック『デジタル歌舞伎エンサイクロペディア』、写真集『百年の愚行』などを企画編集し、和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院および愛知県立芸術大学講師。あいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーも担当した。2014年12月、編著者として『続・百年の愚行』を上梓。刊行後も続く愚かな事件や事象の情報をアップデートするウェブサイト『百年の愚行』も運営している。

特集「日本へ!」 リソース集

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広報誌『INFORIUM』第7号の特集は「日本へ! 観光立国——2020年を超えて」。編集部が参考にした書籍やウェブサイトから、面白かったものを集めてみました。

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犬と鬼 知られざる日本の肖像(アレックス・カー著)
司馬遼太郎氏や白洲正子氏らを師と仰ぐ東洋文化研究者による、日本社会への警鐘。日本人がいかに国土と文化を破壊し、観光ビジネスのチャンスを逃してきたかを冷静に綴る。

ニッポン景観論(アレックス・カー著)
国中至る所にあふれかえる醜悪な建築、目障りな電柱・電線、そしてムダに過剰な看板……。自ら撮影した写真とユーモラスな文章の背後に、日本への深い愛情が感じられる。(※誌面ではカーさんへのインタビューを行いました)

新・観光立国論(デービッド・アトキンソン著)
金融アナリストにして日本文化の専門家が論じる、観光立国のための戦略と戦術。豊富なデータをもとに、目から鱗の指摘と具体的な提言によって未来への道筋を論理的に示す。(※誌面では詳しい内容を紹介しています)

日本のデザイン――美意識がつくる未来(原研哉)
日本を代表するアートディレクターによるデザイン論。日本にとって必要なのは感受性だと説く。第4章「観光」で、デザイナーの視点から見た観光のあるべき姿が示される。(※誌面には「半島航空」というアイディアについての原さんの寄稿を掲載しています)

シビックプライド2【国内編】―都市と市民のかかわりをデザインする(伊藤香織+紫牟田伸子監修 シビックプライド研究会編著)
シビックプライドとは、自分が暮らす都市に対して市民が抱く誇りを指す言葉。日本における取り組みを紹介しつつ、まちづくりに直結するシビックプライドの醸成法を検討する。

日本のシビックエコノミー ―私たちが小さな経済を生み出す方法(江口晋太朗+太田佳織+岡部友彦+小西智都子+二橋彩乃著 紫牟田伸子編著フィルムアート社編集部編)
市民が主体となってつくり出す新しいエコノミーが、地域にイノベーションをもたらしている。国内20の事例を取り上げ、「小さな変革」や「新しい循環」の創出法を考える。(※誌面にはシビックプライドについての紫牟田さんの寄稿を掲載しています)

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JNTO-JapanNationalTourismOrganization
日本政府観光局(JNTO)
日本の観光戦略を担う政府機関のウェブサイト。海外プロモーションなど事業の具体的内容や、インバウンド市場の動向を紹介する。観光に関する各種の統計やデータも充実。(※誌面ではJNTOのデータに基づき、観光立国の実態について論じています)

UNWTO
UNWTO
観光分野における世界最大の国際機関、国連世界観光機構のウェブサイト。主要29ヶ国・地域の目的地別旅行者数が把握できるアウトバウンド統計など、各種資料を公開する。(※誌面ではUNWTOのデータに基づき、観光立国の実態について論じています)

FIND-47 - The all-new photometi
FIND/47
経産省とライゾマティクスが制作する観光写真のプラットフォーム。47都道府県から集めた写真は、クリエイティブ・コモンズライセンスに基づき、商業的にも2次利用可能。(※誌面では詳しい内容を紹介しています)

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