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INFORIUM 第8号

今号の特集は「お金のリデザイン――価値観を変える」。石や貝殻、穀物や貴金属、紙幣や硬貨、そして電子通貨へ。文明と共に形を変えてきたお金はいま、概念のレベルでも大きな変化の局面を迎えている。お金の変容は、我々の生活をどのように変えるのだろうか? ウェブでは編集長コラムと特集のリソース情報をお届けします。
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編集長 小崎哲哉

編集長コラム(5)
お金は我々を幸せにするか?

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今号の特集では、研究者の斉藤賢爾氏に「新たなお金と未来の社会像」について語っていただいた。氏は、『不思議の国のNEO―未来を変えたお金の話』という本を書いている。特集の出発点は、実は2009年に刊行されたこのファンタジーだった。

●不思議の国のあっちゃんこ

主人公は、自分のことを「あっちゃんこ」と呼ぶ「ちょっとおしゃまな女の子」。前編に当たる『インターネットの不思議、探検隊!』では、ロボットのケンチャ、子犬のパピーちゃんとともに、ふとしたことから地球の裏側まで一瞬で運ばれる。行き着いた先は「不思議の国」という「インターネットが極限まで活用されている」国だった。

国の仕組み自体もインターネットにそっくりで首都も元首も存在しない不思議の国に、三人組はまたもや迷い込んでしまう。「真ん中ががんばらない」この国には銀行がなく、したがって現金もなく、人々は誰でも発行できる電子手形を使っていた。手形を受け取った人が発行した人にその手形を渡せば、約束していたものをもらえたり、約束したことをしてもらったりできる。デジタル署名と公開鍵で、手形の真正性は保証されている。

いちばんの大都市フナン・シティには、ここだけで使われている地域通貨「フナン・アワーズ」がある。フナン・アワーズは「ワット券」という通貨の兌換通貨で、何らかの災難で負債を負った人などは「減価するワット券」を発行できる。時間が経つと価値が減っていくわけだが、発行者に同情した人は実質的な寄付ができることになり、優しい心の持ち主であることをアピールできる。みんながそう思えばこのワット券は猛スピードで流通し、その結果、景気もよくなるだろう。人助けにも、自分のイメージアップのためにも、世間のためにも役立つ通貨なのだ。

ところがそんな不思議の国に、中央政府と中央銀行をつくって国を乗っ取ろうとする「真ん中団」が現れる。団長のマナカが率いる真ん中団の団員は、サングラスをかけ、黒いスーツを着て、黒い帽子をかぶっている。彼らは国を支える画期的な技術をいくつも開発した天才科学者スットコホルム氏を誘拐し、バスターミナル「ポート・リバティ」やスットコホルム氏の研究所を占拠して中央政府設立を宣言。マナカによる独裁が始まるが……。

●インターネット的な世界観

実に面白い物語である。『INFORIUM』の特集と同様に、「新たなお金と未来の社会像」が読みやすい文体で綴られている。著者はインターネットの専門家でもあるから、不思議の国の描写は実にリアル。ミヒャエル・エンデの『モモ』にも似たファンタジーで、実際にエンデの名も登場するが、『モモ』と同じくらい深い洞察に基づいている。

上述した電子手形のくだりでは、公開鍵暗号技術について学ぶこともできる。それだけではなく、巻末には「本書に登場するキーワード解説」があって、「デジタル署名」「ワットシステム」「フェアユース」「地域通貨」「PGP」「分散システム」などの用語が詳しく説明されている。本文の終章は「石油文明のあとに」というタイトルで、キーワード解説には「ダムレス水力発電」「太陽帆(ソーラー・セイル)」「カーボン・ナノチューブ」「軌道エレベータ」など、今後重要となるテクノロジー関連の用語も収録されている。

本書の主題が技術に関する該博な知識に支えられていることがよくわかるが、注目すべきはやはり、個別の知識よりも主題のほうだろう。「お金は我々を幸せにするか」というのがその主題である。そして、我々が幸せになるためには真ん中団的な「集中」よりも、不思議の国的な「分散」が向いている、というのが著者の主張であるようだ。集中よりも分散というのは、インターネット的な世界観でもある。

●お金がうまく回っていく社会

今回の特集では、キャッシュレス社会やブロックチェーン技術など、お金をめぐる昨今の傾向や技術を紹介した。だが、基底にあるのは「お金は我々を幸せにするか」、あるいは「どのようにすればお金は我々を幸せにできるか」という根源的な問いである。誰もがお金が欲しいと思っている。でも、我々が欲しいのはお金そのものだろうか? お金が欲しいという思いが、不幸な格差社会を生み出しているのはないか?

特集の前に置いた巻頭インタビューでは、日本初にして国内最大のクラウドファンディングサービス「Readyfor」の設立者、米良はるかさんにお話を伺った。米良さんは「お金を儲けることには興味がないんです。ただ、お金がうまく回っていく社会をつくりたい。お金が一部のところに滞留して格差が広がった状態は、人々の不平等感を生み、社会を不安定にさせる要因になるので、それが続けば世界は必ず戦争へ向かって荒れていくでしょう」と語っている。本当にその通りだと思う。

ひところ話題になった利子を取らないイスラム銀行は、識者によれば「一時的な流行りで、長くは続かない」そうである(中田孝+橋爪大三郎『クルアーンを読む』)。クルアーン(コーラン)は利子を取ることを禁じているが、それは「倫理のレベルで、退蔵をしてはいけないという思想」(同書)であるからで、実は社会にお金をうまく回らせることを目的としている。

内藤正典氏は『となりのイスラム』で、「寝ている間に金が増えたり減ったりしていてはいけない——これがイスラムのお金に対する基本的な考え方のひとつです。投資したお金が増えるのも減るのも認めてはいるのです。でも、なぜそうなるかがわからないのに、増えたり減ったりはダメ、ということです」と述べ、以下のように続けている。

「勝ち組だけが残って負けたら退場しろ」というようなことを、新自由主義経済を支持する人はよく言いますが、(中略)これはイスラム的には受け入れがたい考え方です。負けたらそのときにはみんなでお金を回して助ける。そのお金は勝ったほうが負担すべき、だから負けても勝っても神の御意志であって自分の才覚とも責任とも思うな——というイスラムの教えはこれから先、日本や西欧社会にこそむしろ必要となる重要な「イスラムの知恵」ではないでしょうか。

いずれにせよ、お金は手段であって目的ではないだろう。テクノロジーについても同じことが言える。不思議の国やイスラム主義国のありようが正しいかどうかはわからないが、我々は「幸せとは何か」について、もっと考えるべきだと思う。

※『INFORIUM』読者プレゼント
『INFORIUM』8号の読者アンケートに答えて下さった方の中から、抽選で10 名様に、斉藤賢爾さんの著書『不思議の国のNEO ― 未来を変えたお金の話』 (挿絵:山村浩二/太郎次郎社エディタス) をプレゼントいたします。こちら よりご応募下さい。

おざき・てつや1955年、東京生まれ、京都在住。ウェブマガジン『REALTOKYO』『REALKYOTO』発行人兼編集長。1989年に創刊された新潮社の文化情報誌『03 TOKYO Calling』副編集長を務めた後、インターネットワールドエキスポ1996日本テーマ館『Sensorium』、愛知万博テーマ普及誌『くくのち』、ウェブマガジン『先見日記』のエディトリアルディレクターを歴任。CD-ROMブック『デジタル歌舞伎エンサイクロペディア』、写真集『百年の愚行』などを企画編集し、和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院および愛知県立芸術大学講師。あいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーも担当した。2014年12月、編著者として『続・百年の愚行』を上梓。刊行後も続く愚かな事件や事象の情報をアップデートするウェブサイト『百年の愚行』も運営している。

特集「お金のリデザイン——価値観を変える」 リソース集

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広報誌『INFORIUM』第8号の特集は「お金のリデザイン——価値観を変える」。編集部が参考にした書籍やウェブサイトから、面白かったものを集めてみました。
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岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』
経済学の泰斗が、シェイクスピアの名作を分析することにより、資本主義の本質に迫る好著。貨幣、価値、交換の謎をスリリングな理路で解き明かす。同じ著者の『貨幣論』『二十一世紀の資本主義論』『会社は誰のものか』などもお金について原理的に教えてくれる。

斉藤賢爾『不思議の国のNEO―未来を変えたお金の話』(挿絵:山村浩二)
ちょっとおしゃまな女の子が迷い込んだ「不思議の国」。中央銀行を設立して国を乗っ取ろうとする「真ん中団」に、自由を愛する人々はどのように戦うか? 特集のインタビューに登場する研究者によるお金をめぐるファンタジー。編集長コラムでも紹介しています。

斉藤賢爾『インターネットで変わる「お金」——ビットコインが教えたこと』
貨幣とはそもそも何なのか? お金と豊かさはイコールか? お金がなければ私たちは生きられないか? ……ビットコインとは何かをわかりやすく説明しつつ、情報革命の後に生きる私たちの「幸せ」について考える。近い将来、お金自体がなくなる日が来るかも!?

河邑厚徳+グループ現代『エンデの遺言——根源からお金を問うこと』
『モモ』や『はてしない物語』を書いた児童文学作家は、実はお金についてとことん考え抜いていた。「パン屋でパンを買う購入代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金は、2つの異なる種類のお金である」。含蓄のあるこの言葉を噛み締めたい。

『現代思想』2017年2月号 特集:ビットコインとブロックチェーンの思想——中心なき社会のゆくえ

『『WIRED』VOL.16 特集:MONEY, CODE & ME お金の未来(と、かわりゆく世界)

『BRUTUS』No.847 特集:お金の、答え。

『Forbes Japan』2017年8月号 特集:新しい「お金の使い方」

「お金特集」はジャンルを超えて多くの雑誌の定番だが、今年はフィンテックやビットコインなどの話題と相俟って、真面目で原理的な誌面づくりが目立った。キーワードは「社会」「未来」「豊かさ」など。通覧すると、世界が転換期に入りつつあることがよくわかる。

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『ソラミツ——ブロックチェーンアイデンティティプラットフォーム』
特集で紹介した、ブロックチェーン技術を利用して新たな社会課題の解決に取り組むベンチャー企業のウェブサイト。リナックス・ファウンデーション主導のもと、ブロックチェーンの標準化を目指す一方、カンボジアの新しい決済インフラづくりにも参画している。

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『Readyfor』
特集ではなく巻頭インタビューに登場していただいた、米良はるかさんが設立した日本初にして国内最大のクラウドファンディングサービス。貧困問題、環境問題、医療・福祉など、社会貢献型の企画が多い。社是は「誰もがやりたいことを実現できる世の中をつくる」

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